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zoom RSS 教科書には、事実を事実として記載してほしい( ´ー`)y-~~

<<   作成日時 : 2007/10/02 23:54   >>

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また更新を休んでいる間に、季節はめっきり秋ですね。
今週はまだ暑さがぶり返すという予報もあって、寒暖の差に体調を崩さないように気をつけなければと思っています。
そんな中、先日沖縄での県民大会が盛大に行われたとのこと。記事に掲載されていた日差し降り注ぐ写真を見ながら、
「沖縄はまだあったかそうだなぁ」
と思ったりしていました。
集団自決に関する旧日本軍関与の記述が教科書から削除されたことに抗議する大会だったそうですが、大切なことが抜け落ちているような雰囲気が気になっています。

■沖縄で抗議集会、「集団自決」検定意見の撤回求める
NIKKEI NET http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20070930AT1G2901V29092007.html
高校日本史の教科書検定意見で沖縄戦の集団自決について日本軍の住民への強制があったとする記述が削除された問題で、意見の撤回と記述の復活を求める沖縄県民大会が29日午後、同県宜野湾市の海浜公園で開かれた。大会実行委員会によると約11万人が参加。県議らは10月中旬に文部科学省などを訪れ、採択した大会決議を手渡す。

 大会には仲井真弘多知事のほか県内の各市町村の首長、県選出の国会議員、県議、市町村議員らほぼ全員が出席。大会実行委員長の仲里利信県議会議長は「日本軍の命令や強制によって親族同士が殺し合った事実は隠しようがない。史実として正しく伝え、全県民が立ち上がり、断固ノーと言おう」とあいさつした。

 仲井真知事は「日本軍の関与は、当時の教育を含む時代背景や手りゅう弾が配られるなどの証言から覆い隠すことのできない事実だ」と指摘。「撤回要求に応じない文部科学省の態度は極めて遺憾だ。県民の代表者として強く抗議する」と文科省の姿勢を批判した。

その記述の修正というのがどういう風に変わったかと言えば、
沖縄戦の集団自決に関して「日本軍に強いられた」とした教科書7点が「命令したかどうかは明らかと言えない」と指摘され、各社は「集団自決に追い込まれた」などと修正
※判断基準変更の理由
@「軍の命令があった」とする資料と否定する資料の双方がある
A慶良間諸島で自決を命じたと言われた元軍人やその遺族が2005年に名誉棄損の訴訟を起こした
B自決命令の有無より住民の精神状況が重視されている
(2007年3月末頃のニュース)

とのこと。

それまでの教育や、敗走に敗走を続けていた戦局の軍末端への影響などが色々に関わって、ある者は「軍人として命令」し、ある者は「集落の中心人物がそうすべきだと“指導”」し、ある者は進んで死を決意したのだろうというのは想像に難くありません。

だとすれば、「追い込まれた」という記述は、決して不適切ではないと思うんですよね。

一部には直接旧日本軍の兵士が殺害した(主にスパイ容疑だそうですが)例もあり、そういう方のご遺族が「軍に殺された」と言うのは正しいんだと思います。

ですが、実際に旧日本軍が組織立って住民に自害させて回ったわけではないでしょう。
民間人の避難していた壕に逃げ込んでくるくらいですから、現地は混乱していたわけで(それで甚大な被害が出たわけですが、上陸戦というのはかくも悲惨なものなんですよね。南京戦のような市街戦もまたそういう側面があるでしょう)。

この「軍の所為だったのか否か」という水掛け論的な議論は、従軍慰安婦に関する議論とよく似ています。

これを受けて、実際に教科書会社が訂正申請に動き始めたようですが、昨日の町村官房長官の記者会見の発言には「ん?」と首を傾げました。

■教科書の沖縄戦「集団自決」修正問題、文科省が見直し検討
YOMIURI ONLINE http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20071001it14.htm?from=navr
 来年度から使用される高校日本史の教科書検定を巡り、沖縄戦の集団自決に「日本軍の強制があった」とする表現を文部科学省が検定意見をつけて修正させた問題で、同省は修正された記述の見直しが出来るかどうか検討に入った。

 先月29日に沖縄県で開かれた、検定意見撤回を求める沖縄県民大会に11万人が参加したことを受けた対応。

 教科書検定で修正された記述が見直されることになれば、極めて異例だ。

 渡海文部科学相は1日、報道陣に対し、「沖縄の人たちの気持ちも考え、何をするべきか、何をできるかを考える必要がある」と述べ、できるだけ早い時期に結論を出す考えを示した。

 町村官房長官も同日夕の記者会見で、「沖縄の皆さん方の気持ちを受け止めて、修正できるかどうか、関係者の工夫と努力と知恵があり得るのかも知れない」と語り、渡海文科相に再修正についての検討を指示したことを明らかにした。

 文科省によると、検定合格後の記述を変更するには、教科書会社が記述内容を改めるための訂正申請を行って文科相がこれを承認する方法や、文科相が教科書会社に訂正申請を勧告する方法(検定意見の撤回)などがある。

 どの方法でも、来年度の教科書に間に合わせるには速やかな手続きが必要。都内の複数の教科書会社は、集団自決の記述について訂正申請を検討している。
※強調部分はねこねこによる

えっと、教科書に載せるなら、工夫と努力と知恵じゃなくて、事実を載せてくださいなと。

色々なことが後年判明してきて、「必ずしもそうとは言い切れない」状況になることはよくあります。史実としてこれまで常識とされてきたことでも、その後の調査などで覆されることもあります。

事実を調べよう、それまでは断定的な表現にするのはやめよう、そういうことで今回の修正になったと思っていたのですけどねぇ。

やれ『県民の怒りが国を動かした』だのと読売が見出しを打っている記事もありましたが、それが学ぶべき史実の本質を隠す一例にならなければいいのですが。
悲惨な体験は体験として後世に伝えていくのはもちろんですが、その体験を導いた「戦時下で起こる社会の現象」を学ばなければ、二の轍を踏むと思いますけどね。

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コメント(28件)

内 容 ニックネーム/日時
言うだけならなんとでもさん,今日は。
>教科書には、事実を事実として記載してほしい

何が事実かを誰が決めるのでしょう。裁判所の判事でしょうか。それとも曽根綾子先生とか大江健三郎先生とかでしょうか。

素人の独断と偏見でありますが,沖縄戦集団自決で軍命令があったか無かったかは歴史事実の問題です。ですから,裁判所の判事が決めることではなく,歴史家が決めることではないでしょうか。そして,歴史は常に書き換えられます。

歴史に事実を事実として記載することは,言うは易く行うは難し,です。

沖縄戦集団自決問題については,軍命令書があったかなかったかに関係なく,当時の日本政府・軍部の責任である,と私は考えています。
言葉を換えて言えば,沖縄戦集団自決は当時の日本政府・軍部の誤った政策・戦略・作戦が最大の原因として起こった事件ではないか,と私は考えています。
藍愛和
2007/10/03 15:52
曽根綾子先生は曽野綾子先生のミスタイプです。謹んでお詫びして,訂正します。すみませんでした。
藍愛和
2007/10/03 16:22
>藍愛和さん
こんばんは。コメントありがとうございます。

歴史は「誰が決める」ものでもないと私は考えます。
起こったことは起こったことそのままに、そこに存在するからです。

歴史家がするのは様々な資料に基づく解釈に過ぎませんし、曽野・大江両先生がご自分で取材して出版されたものは、歴史の事実の一端を明らかにした一資料に過ぎません。
ましてや裁判などは、まず利害があって争点として挙がっているに過ぎませんから、そこで出た決定が「歴史を決める」訳がありませんよね。

国や軍に責任があると私は思います。
ですが、「責任があった」=「強制された」というのも、また乱暴な話ではないでしょうか。
軍の指揮官に自決を思い留まるように説得された人もいたのでしょう?
ねこねこ
2007/10/03 22:48
↑言葉足らずのようなので、続けます。

そこに存在する事実に対して、色々なことを言う人がいる。
資料や当事者の証言が「あった」というものと「なかった」というものがある。新しく出てきたものだけではなく、以前からそれぞれの人がそれぞれの場所で違った対応をなされているんですよね。それは、末端の指揮系統の混乱が招いたことでもあったでしょう。

であれば、「強制された」という断定は必ずしも事実ではないわけで、色々な状況から「追い込まれた」とするのが妥当だと教科書の記述が訂正されたことを考えると、沖縄の県民大会を受けて「県民感情」なるものを介在させた再修正が果たして「歴史の教科書に掲載する」のに適切だと言えるか、疑問に思ってしまうのです。

歴史は「書き換えられる」ものではありません。研究や調査により新事実が判明した場合のみ「それまでの解釈が訂正される」だけです。
ねこねこ
2007/10/03 23:03
結局、何度も書き換えられるような
解釈が変わりうる・・・複雑な事なんでしょう。
戦争と言うものは、日本だけが歩いた道ではなく
未だに世界中で起きている過ちです。
誰かが完全な加害者であり、一方が完全な被害者という
目的?が変えられた動きには納得できかねます。

そろそろ『○○が悪かった!』の責任転嫁教育から
『極限状態(戦争・紛争)を招かない』ための教育に
シフトして欲しいものです。
過去は未来の為の教訓であっても、足枷にしてはいけません。
ねむ
2007/10/04 00:24
 普段「行政や国が教科書に介入するなどもってのほか!」と騒ぐアチラ方面の方々は、今回の件で行政や国が「記述を復活させてもいいんでね?」とか口を出すことはスルーするんでせうね。嗚呼ダブスタダブスタ。(´・ω・`)
KWAT
URL
2007/10/04 01:38
2,29沖縄大会は沖教組の大会とも言える。軍の命令による自決が削除されれば、反政府的思想教育ができなくなる恐れがあるからである。史実を悪いところだけ切り取り、断片的に記述するから歪曲な教科書になるのだから、どんな状況下でも悪い話もあればよい話しもある。悲惨な戦争の中でも人間と人間の絆を忘れてはならない話良い話が沢山あります。たとえば、戊辰戦争で、長岡藩では米百百表の話がありますし、沖縄でも村長が守備隊長に、自決は軍の命令があったことにしてくれと、頼まれた隊長は島民の為にならばと同意して、遺族補償金が貰えた話があります。こんな状況下にあっても、村の指導者と軍人が島民を思う人間の絆を感じます。良いことを書いたからと言って、戦争を美化するものではなく、これは事実としてあるのだから、事実は事実と書き、学ぶ人がそれなりに受け止めさせるべきものであると思う。先生がことさら戦争の記述を利用して、偏向的な授業をしてはいけない。
沖縄ガジュマル。
2007/10/04 08:07
すみません。米百百表は、米百表の誤りです。訂正します。
沖縄ガジュマル。
2007/10/04 08:58
>ねむさん
立場が違えば受け止め方も違いますし、その時の考え方も違いますものね。
植民地を拡大していた欧米諸国と、自国や周囲が植民地化されて存続の危機を感じていたアジアでも違いますし、同じ日本国内でも戦時管理する側とされる側で違いますし。

経験者の感情を第一にして「実際にあったこと」を置き去りにする、それでは「何が原因でこんな悲惨なことがあったのか、他国でいまも終わらないのか」がちっとも分かりませんよね。
それで得をするのは「戦争をしている国に武器を売る人たち」だけなんですけどねぇ。
ねこねこ
2007/10/04 08:59
>KWATさん
それどころか、沖縄タイムスの記事によれば、沖縄一区選出の下地幹郎衆院議員が
「悪い検定に政治が介入するのは当たり前だ」
とか言っちゃってます(;゚Д゚)

結局、「(自分たちが)悪い(と思う)検定に政治が介入するのは当たり前」ってことなんでしょうねぇ。それじゃ何でもアリだって。

グンクツの音が!w
ねこねこ
2007/10/04 09:06
>沖縄ガジュマル。さん
思想教育は、実際のところ違法ですよねぇ。法の条文に詳しくないので、調べてみないと分かりませんけど。

 >どんな状況下でも悪い話もあればよい話しもある
本当に仰るとおりですね。
実際に「自決を思い留まるように説得された」という証言があるわけで、そういった声がかき消されるような今の彼らの“運動”は「自分たちの感情“だけ”斟酌しろ!」と言っているのと変わりません。

偏向教育が厄介なのは戦時中でとっくりと体験済みで、そういった教育が沖縄の悲劇を生んだことを、一体彼らはどう考えるのでしょうかね。
ねこねこ
2007/10/04 09:23
ねこねこさん,今日は。
>歴史は「誰が決める」ものでもないと私は考えます。
>起こったことは起こったことそのままに、そこに存在するからです。

歴史は,過去に起こったこの世の出来事を誰でも知ることができるように記録したものであると思うのですが。その記録を作るのも,その記録を読むのも人間です。人間は不完全な存在で意識的,或いは無意識的に間違いを冒します。しかもその起こったことに利害関係のある人間であれば,利のある人と害のある人では,記録の仕方,記録の読み方,証言の仕方が全く反対になることは,常に我々が経験することです。
起こったことは起こったことそのままに,そこに存在するからと言って,それをどうやって知ることが出来ますか。歴史によって起こったことの一端を知るだけなのでは。
藍愛和
2007/10/04 11:06
(続きです)
>歴史は「書き換えられる」ものではありません。研究や調査により新事実が判明した場合のみ「それまでの解釈が訂正される」だけです。

歴史は常に書き換えられています。例えば, 1945 年 8 月 15 日を境にして,日本の歴史は全面的に書き換えられました。研究や調査により新事実が判明したから書き換えられたのではありません。最近,全く新しい日本の歴史が語られています。過去全体にわたって,日本全体の歴史的事実に何か研究や調査による新真実が判明したという話は聞きません。一部の勢力から日本の歴史のごく一部について新しい証言が得られたという話は聞きますが。それをそのまま信用するか,しないかはそれぞれの人のそれぞれの立場によると思います。
藍愛和
2007/10/04 11:09
KWATさん,今日は。
> 普段「行政や国が教科書に介入するなどもってのほか!」と騒ぐアチラ方面の方々は、今回の件で行政や国が「記述を復活させてもいいんでね?」とか口を出すことはスルーするんでせうね。

文部科学省:4.教科書検定の方法:
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kyoukasho/gaiyou/04060901/004.htm
を要約して紹介します。詳しくは元記事をご覧下さい。

教科書検定は
1.教科書出版社からの検定申請
2.文部科学省の常勤職員である教科書調査官の調査と審議会への意見具申
3.教科用図書検定調査審議会は調査官の意見のあった事項について調査・審議・答申
(用語について間違いがあることを恐れます。御叱正をお待ちします。)
藍愛和
2007/10/04 11:11
(続きです)
この検定の方法を見る限り,教科書検定は政府の行政機関である文部科学省の使用人である常勤職員と政府の権限が強く影響する教科用図書検定調査審議会とが行っているように見えます。ついでに言えば,政府の責任者は首相で,国会によって選ばれます。国会議員は国民が選挙で選びます。検定において,最も中心に居るのは主権者である国民だと思います。教科書は結局国民が作っているのです。何処か天から降ってくるわけではありません。国民は教科書問題について議論する自由と権利があると思います。
藍愛和
2007/10/04 11:15
沖縄ガジュマル。さん,今日は。
>沖縄でも村長が守備隊長に、自決は軍の命令があったことにしてくれと、頼まれた隊長は島民の為にならばと同意して、遺族補償金が貰えた話があります。

玉砕した兵士や自決した人達自身はどうなるのですか。自決強制の軍命令書は偽物です,玉砕や自決は自分達だけが勝手にやったことです,生き残った者は関知しません,ではすまないでしょう。

>良いことを書いたからと言って、戦争を美化するものではなく、これは事実としてあるのだから、事実は事実と書き、学ぶ人がそれなりに受け止めさせるべきものであると思う。先生がことさら戦争の記述を利用して、偏向的な授業をしてはいけない。

沖縄戦集団自決問題で,当時の日本政府・軍部に悪いことと良いことがあるから,悪いことを書かないというのは間違いですよね。現在の検定意見ではそうなるのではないですか。
藍愛和
2007/10/04 11:22
藍愛和2007/10/04 11:11 のコメントで示した URL を cop & paste すると不具合が発生するようです。恐れ入りますが,次に示した URL の上下をその順に copy & paste して一つの URL にしてアクセスして下さい。

http://www.mext.go.jp/
a_menu/shotou/kyoukasho/gaiyou/04060901/004.htm
藍愛和
2007/10/04 11:34
>藍愛和さん
こんばんは。

 >歴史は,過去に起こったこの世の出来事を誰でも知ることができるように記録したものであると思うのですが。
私もそう思いますよ。だからこそ、記録を作る際に特定の思想や感情に左右されることがあってはならないのでは。

今回の沖縄の集会における主張、集会の模様を伝える報道は、どれもこれも「実際に双方の証言がある」ことよりも「沖縄の県民感情」というのを大きく伝えているのではないかと思ったからです。

新しい証言というのは、「今になって発生した」わけではないでしょう。ずっと色々な事情から口を閉ざしてきた人たちが語り始めたという面もあります。

その一方の証言を一切否定して「強制された!」と大声で訴え続ける行為は、間違いではないのでしょうか。
それはかつてその戦争中に日本が体験したことです。彼らは同じ轍を踏もうとしています。

ところで、「書き換える」という表現については、私と藍愛和さんの間でうまく定義が噛み合っていないようです。
それまでの一連の流れが、敗戦を境にまったく違うものに変わることを「書き換える」とは言わないと思うのですが。
ねこねこ
2007/10/04 23:38
ねこねこさん,今日は。
>記録を作る際に特定の思想や感情に左右されることがあってはならないのでは。

おっしゃる通りです。しかし,不完全な人間にはどうしても特定の思想や感情に左右されることがあるので,それを防止する方法を考えることが大切なのでは。

>「実際に双方の証言がある」ことよりも「沖縄の県民感情」というのを大きく伝えているのではないかと思ったからです。

「実際に双方の証言がある」ことは教科書の検定意見の変遷を見ても明らかです。そして,沖縄戦集団自決に軍の指示・関与,即ち,強制があったことは否定出来ないと思うのですが。
藍愛和
2007/10/05 16:03
(続きです)
>その一方の証言を一切否定して「強制された!」と大声で訴え続ける行為は、間違いではないのでしょうか。
>それはかつてその戦争中に日本が体験したことです。彼らは同じ轍を踏もうとしています。

間違いであることを誰が決めるのでしょうか。言論・集会・結社の自由は保障されているのでは。
言論統制された連合軍占領以前の日本と,言論・集会・結社の自由が保障されている現在の日本とを同一に論ずることはできないと思いますが。
現在の日本の教科書を作っているのは,突き詰めれば主権者の国民なのでは。国民は教科書について意見をいう自由と権利を持っていると思います。

>「書き換える」という表現については、私と藍愛和さんの間でうまく定義が噛み合っていないようです。

「歴史として書かれたことが換えられる」ことを「歴史を書き換える」と言っても良いのでは,と私は考えます。
藍愛和
2007/10/05 16:06
>藍愛和さん
こんばんは。
 >不完全な人間にはどうしても特定の思想や感情に左右されることがあるので,それを防止する方法を考えることが大切
まったくですね。
沖縄県知事が検定に関して「近隣諸国条項」のような「沖縄条項」を作ってくれと陳情されたそうですが、そんなものができてしまえば今後他にも色々な証言や資料が出てきた時にはどうするんでしょう。
こういった“特例”が設置されることは防止されなければなりませんね。

また同時に「つくる会」の方々が、「再修正するな」と訴えていますが、そういったものにも左右されることなく、「現時点でもっとも事実に即した表現」というものは何かを冷静に検討していただきたいものです。

 >間違いであることを誰がきめるのでしょうか。
言論・集会・結社の自由は保障されていると言いながら、一方の証言は尊重しないのはおかしいですね。
「間違っているのでは」と書いたのは、「私の考え」ですよ。何も決まってませんが。

県民大会からの流れで、検定基準に“特殊条項”を設けさせようとする動きは、「私は間違っているのではないかと思います」。
ねこねこ
2007/10/05 23:18
ねこねこさん,今日は。
>県民大会からの流れで、検定基準に“特殊条項”を設けさせようとする動きは、「私は間違っているのではないかと思います」。

沖縄県人が沖縄条項なるものを主張するのは自由と思いますが,私はそのような特殊条項を定めるより議論を尽くす方に賛成したいと思います。
藍愛和
2007/10/06 20:10
ねこねこさん、藍愛和さんコメントありがとうございます。
沖縄県民大会の参加者はマスコミの報道では11万人、国会では11万6千人に増加、沖縄県警では4万人、県民の噂では2万人でした。さて正解は何人でしょうか。中取って5万5千が正解では。渡海大臣は沖縄の気持ちはそうなんだろうなあで、声を大きくして怒鳴られれば修正に応じる。これで事足りれば政治家は要らない。
それでは、これに反論する団体が、22万人の大会をすれば、又、修正に応じるのだろうか。こんな大臣は要らない。更迭されなさい。
沖縄ガジュマル。
2007/10/07 13:52
沖縄県民には米兵のちんぽをしゃぶってでも生き残る選択肢だってあったはずだ。奴隷の平和か尊厳ある自決かを選ぶのは沖縄県民個人個人の権利だ。国家権力である日本軍が強制していいことではない。
はとぽっぽ
2007/10/07 23:11
>沖縄ガジュマル。さん
そうですね。それこそ「数の横暴」の応酬になってしまい、「最も適切なのは何か」が見えなくなってしまいますね。
大臣がそうであっても、教科書検定をするところがどれだけ影響を受けないでいられるかが大切になってくるのですが、そうなるとまた『大臣はまた変わるから』で官僚が牛耳るような「政治家不在」の問題も出てくるので難しいなぁと思います。
ねこねこ
2007/10/08 01:57
>はとぽっぽさん
戦争当時、“「個人の権利」とはどういう扱いだったか”をよくお考えになって下さいね。
コメントの中に「米兵の〜」という表現がありますが、そういった表現はこちらのブログではご遠慮ください。次はコメントの内容に関わらず削除させていただきます。
ねこねこ
2007/10/08 02:01
なぜ、政府は軍の自決命令を削除に踏み切ったかの経緯を考えると、先生が歴史を歴史として、感情を移入してせず子供に教えることを守ればよいのですが、歴史が現代もそうであるかのごとく教えると、無垢な子供は今でもそうなのかと、誤解を招く恐れがあるためだと思んだけんど。
沖縄ガジュマル。
2007/10/10 06:07
沖縄ガジュマル。さん,今日は。
>先生が歴史を歴史として、感情を移入してせず子供に教えることを守ればよいのですが、歴史が現代もそうであるかのごとく教えると、無垢な子供は今でもそうなのかと、誤解を招く恐れがあるためだと思んだけんど。

おっしゃるような事はあると思います。どのような教科書でも教え方は色々でしょう。
念のため,教師用指導書に,出版社は参考事項として細かな注意事項を記載するなどの対応も出来ると思います。
藍愛和
2007/10/10 20:56

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