言うだけならなんとでも。

アクセスカウンタ

zoom RSS 最近のニュースを考えながら読むと戦慄−『トゥモロー・ワールド』

<<   作成日時 : 2006/11/14 15:46   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 3 / コメント 3

もともとあまりイギリスの作家の作品は読まないのだけど、映画の宣伝にひどく興味をひかれて、またも原作を手に取りました(先に読みたがったのは旦那さまですが)。
あとがきに書かれているように、映画とはやはりストーリーも登場人物も違っている(アルフォンソ・キュアロン監督は原作を読んでいないそうです)ようなので、今回は安心して(?)レビューを書きます(笑)

『トゥモロー・ワールド』(P.D.ジェイムズ・著/青木久惠・訳)
 (「人類の子供たち」改題)

作者は、女男爵の称号を持つ英国ミステリ界の巨匠。
あとがきで紹介されている著作の題名で「あ、聞いたことがある」というものもありましたが、読むのは初めてです。


1992年に書かれたこの本は、近未来として2021年の主人公の日記から始まります(映画での時代設定は2027年)。
そして、最後に生まれた子供はその時25歳。人類が繁殖能力を完全に失ってからそれだけの時間が(映画では18年の設定に短縮されている)経過した社会を、歴史学者の私的な日記を通して描き出します。

主人公は歴史を研究するような目でその社会を眺め、その描写は客観的で陰鬱(社会学的でもあります)。
その社会は、(おそらく映画で描かれるだろう)激しい懊悩や苦悩を伴う絶望や起こったことへの強い反発ではなく、既にそんな感情の嵐が過ぎ去った後の、「ぽかん」とした無関心に支配された絶望が立ち込める霧のように包んでいます。
しかし、霧が流れるように、ところどころ衝動的な暴力が起こり、そしてまた無関心に戻る、そんな時代。

主人公が歴史学者であるというのも皮肉です。小説の中で主人公の日記にも綴られていますが、70年後には誰もいなくなるであろう人類にとって、もはや「過去を振り返り、未来への糧とする学問」は無意味で、これまで人類が築いてきた事物の墓標のようです。
しかも、この主人公、小説では50歳なのだけれど、かつて自分の車で誤って娘を轢殺してしまった経験を持ち、それまでも本心から愛情を感じることのなかった妻とは、事故をきっかけに離婚、以来ずっと独居しているという背景。しかも、それを日記に綴る口調は意外なほど冷静で、乱れることはありません。
一応秩序は保たれているが、絶望の蔓延した「異常な社会」をある意味冷ややかに眺める主人公の様子は、愛情に限らずどこかしら「感受性の欠如」も感じさせ、読む者に冷え冷えとした感覚を与えます。

ところが、それよりも更に冷え冷えとした感覚を覚えるのは、子供が生まれなくなるまでの過程を振り返った主人公の一人語りです。

まるで…まるで、今の日本を切り取ってそこに置いたような、と言いましょうか。

産児制限や中絶に対する寛容、女性の社会進出に伴ってキャリアを追求する女性が妊娠を遅らせること、各家庭がより高い生活水準を求めていること…。
人間は増えすぎて地球を汚しているという視点から、出生数の減少は望ましい・必要であると大多数の人が考えたこと。
人口の減少自体よりも、自国民・自国文化民族の持続、経済システム維持に必要な若年層の確保を心配する国家。
そうやってそこに暮らす人たちが「意図的に」子供を持たない選択をしていると思っていて、実は生殖能力を失いつつあることに気付かなかったと。
(最近、女性の不妊のみならず、男性の精子検査において異常が増えているらしいことを考えると、あながち空想と言い切れないものが^^;)

また、繁殖力復活の最後の可能性を賭けて期待され、研究調査され、大切に育てられた「半ば迷信的な畏怖の目」で見られる「オメガ」と呼ばれる人類史上最後の(と考えられた)世代。
彼らの描写は、最近の日本の教育問題などの経過を追っている人には、鳩尾がすぅっと冷たくなること請け合いです。
特に後半の逃避行中に主人公を襲う「隈取り族」というグループについては、その印象が、メイクにおいてはヤマンバメイクを彷彿とさせ、描写される襲撃行動においては「○○狩り」などと呼ばれた“楽しむため・殺すために襲い、殺し、破壊する”という現象を思い起こさせます。

主人公は日記でこう書きます。
オメガを今のようにしたのは、他ならぬ愚かなわれわれ大人なのだろう。絶え間ない監視と無条件の溺愛を組み合わせた管理体制が、子供の健全な発達を促すはずはない。幼時の頃から神の扱いを受けた子供は、往々にして成人すると悪魔になる。

しかし一方では、地域によっては復活した多産祈願の儀式で生贄にされたり、労働力確保の為「外国人労働者」とは言いながら、他国のオメガが奴隷まがいに扱われる状況も触れられてます。


そして、物語の終盤では出産が描かれますが、これがまた女性作家ならではというか。
人間がそこに見出した神秘的厳粛さと動物の本能的血生臭さが同居する、「生殖」の本質をくっきりと描くあの描写は、男性には絶対に描けないと思いましたねぇ。

特に物語の進行上、先端医療による「薬品的清潔の中での分娩」と、「道具も足りない状況で火をおこし湯を沸かし助産婦が取り上げる分娩」が何度も対比されるように出てきますから、余計にその印象は鮮烈です。
最後まで読むと、全ての時代・社会・状況設定が、この最後のシーンのために用意されたものだと感じました。

ですが、物語の結末としては決してハッピーエンドではありません。
この先に物語が続くとしたら、もっと残酷なことが起こりそうな…そんな予感が残る読後感です。


小説に盛り込まれたテーマは非常に重いものばかりですね。
社会のありよう、文明を持つ動物としてのヒトの有り様や存在意義に始まり、社会構造の闇、権力から生命の尊厳、ヒトの権利とは何か、また見方によって違う「人類の絶滅」の解釈…。

重層的になってはいますが、全てを盛り込むというよりは、所々で浮かび上がり、消えてしまわずに物語の中に堆積していくといった印象なので、何度も繰り返して読み込んでいくことによって、また読者の社会的地位や年齢によって随分内容が違って見えると思います。
その粘り気のあるテーマの表層に、主人公の恋や愛情の探索・逃避行・アクションというものがぷかりと浮いている、そんな風に私は感じました。


長くなってきちゃったなぁ、また(笑)
この本を読んで、「後世に伝える」ことが完全に終わることの虚しさを、とくと味わってしまいましたよ(いつもだけど、我ながら感情移入しすぎだよなぁ)。

でも、それだけじゃなくて、イギリスのB&Bのような民宿やイギリスならではの美意識みたいなものも垣間見える小説です。日本人には理解しやすい伝統的に形成されてきた美意識と、カトリックをベースにした日本人には理解しにくい価値観とが溶け合う感じかなぁ。

それと、過疎化対策に取り組んでいる方には、身につまされるようなところがあるカモ。
労働力が急速に減少し、インフラの維持、食料やエネルギーの確保が困難になり…町が縮小し、国全体が縮小し、世界全体が縮小していく…言ってしまえばその社会設定が、世界中に新しい世代がいなくなり、過疎化していく話なので。

ちなみに、あとがきでこの物語の著者とは全く関係ない作品だと思うけど、この本とは正反対の人口爆発に陥り30年間の出産禁止令が出された世界を描いた映画、『赤ちゃんよ永遠に』(アメリカ/マイケル・キャンパス監督)が紹介されていて興味深いですね。
「子供が欲しいのに生めない」という状況を、生物学的機能不全という面からアプローチするのと、社会的機能不全という面からアプローチするのと…。
トゥモロー・ワールド (ハヤカワ・ミステリ文庫)

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(3件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
イギリスの医療制度
イギリスの医療制度 ...続きを見る
海外留学 海外生活
2006/11/14 23:44
明日は来ないよトゥモロー・ワールド
重いです「トゥモロー・ワールド」 ...続きを見る
日本サッカーホールディングス
2006/11/19 00:19
まつげエクステ
まつげエクステってやはり考えていた通りに使えるアイテムです。 ...続きを見る
あんきも
2007/05/14 11:20

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
うわー・・・
これは自分も想像したことのある世界だわー・・・
人間は何もしなくても、ただ黙っていても緩やかに滅んでいくものなのかもしれない、と考える人はいますね。それも、そう遠くない未来に。

確か、栗本薫の短編集「十二ヶ月」にも人類が緩やかに滅ぶという題材の短編があったかと。
あっちは最近の文明や文化の中で「現代人は頭を使わなくなったものだ」とばかりに言語や記憶に関する能力が見る見るうちに衰退し、人が発する言葉をただ音の羅列としてしか感じられなくなったり(自分で口にした言葉さえも!)、記憶がどんどん抜け落ちていくことによって、誰も彼もが無力化していくという薄気味の悪いお話でしたが。

人類という種族は、地上最高どころか最低クラスの脆い存在ですから(苦笑
はづきち
2006/11/14 22:36
>はづきちさん
>人間は何もしなくても、ただ黙っていても緩やかに滅んでいくものなのかもしれない

何となくそう思っている人は結構いるでしょうね。自分の生きている間は大丈夫だと思っているだけで(笑)
小説の中でも統計古生物学教授のセリフで
『この惑星に存在した40億種の生命体のうち、39億6千万種がすでに絶滅した。(中略)こうした大量絶滅を考えたら、ホモ・サピエンスを例外と見なすのは、どうみても筋が通らないじゃないか。わが種はとりわけて短命の部類に属するだろう。』
というのがあります。DNAが太古の遠い記憶を留めていて、私たちは本能的にそれを知っていると考えるのはロマンチック過ぎるかな^^;

栗本薫氏の本、実は読んだことがないのですけど、面白そうですね(確かに薄気味悪そうですけど)。是非読んでみます。
いわゆる「終末物」も色々なアプローチがあるものですね。災害・天変地異に異星人の侵略から、「ヒトをヒトたらしめる要素を失う」ことまで。このアプローチの多さがヒトの脆弱性の証左でもありそう。弱点が多いというか。
ねこねこ
2006/11/15 10:50
大きい映画や、映画とかを安心しないはずだったの。
BlogPetのねね
URL
2006/11/15 11:41

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
最近のニュースを考えながら読むと戦慄−『トゥモロー・ワールド』 言うだけならなんとでも。/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる