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zoom RSS 責任の取り方が違う!o(`ω´*)o

<<   作成日時 : 2006/10/31 15:23   >>

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死者に鞭打つつもりはないけれど。
何故こんなことに…という気持ちが拭えないので、記事にします。
高校の未履修・単位不足問題が全国的に広がり、ついに単位不足の生徒数が9万人にも上ろうかという前代未聞の大問題になりました。
そんな中、公立高校の校長先生が自死したというニュースが。

■「必修逃れ」謝罪2日後に不明、茨城県立高校長が自殺
YOMIURI ONLINE記事 http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20061030it14.htm?from=top

 30日午後4時5分ごろ、茨城県大子(だいご)町左貫の山林で、必修逃れが判明した県立佐竹高校(同県常陸太田市、生徒594人)の高久(たかく)裕一郎校長(58)が首をつって死んでいるのを、捜していた大子署員が発見した。

 近くに「先に行きます」などと書かれた遺書が落ちていたことから、同署は自殺とみて調べている。遺書には、学校のことで悩んでいる様子をうかがわせる表現があったという。

 同校は、一連の必修逃れ問題で今年度、3年生の男女195人のうち80人に世界史Aと理科基礎の2科目を教えず、日本史と生物、物理に振り替えていたことが発覚。理科基礎は3年前から履修していなかった。同署によると、遺書は家族らにあてたもので、必修逃れに直接触れた文言はないが、同署は「動機の背景に、必修逃れ問題があった可能性もある」としている。

 高久校長は今年4月、同校に着任した。この問題では教職員に対し「管理職である我々が責任を持って対応する」と説明。今月27日には全校生徒に対する説明会を開き、「悪かった。君たちが卒業できないようにはしない」と謝罪していた。

 必修逃れをした理由については、読売新聞の取材に対し、「受験を優先させ、生徒によかれと思い、勇み足をしてしまった。科目は違っても同じ理科、歴史を教えているのだからと、安易に考えてしまった」と答えていた。

 高久校長は29日夜、自宅に戻らなかったため、心配した家族が30日、捜索願を出し、同署員が自宅から約1・7キロ離れた山林で発見した。30日は午後6時30分から保護者説明会が開催されたが、代わりに教頭が説明した。

             ◇

 茨城県教委高校教育課の後藤克己課長は「とてもショックを受けた。もしかしたらと、(必修逃れ問題が)頭をよぎった。現在、事実関係の調査を急いでいる」と話した。

まず、亡くなった高久校長先生のご冥福をお祈りします。

ご遺族の方も、「何故?」という気持ちが拭えないでしょう。
私も身内や友人の自死を経験しており、自らも死を考えたことがありますが、遺された者が当事者に近い人間である程、
「そこまでする気持ちを、何故まず自分に打ち明けてくれなかったのか」
という悔しさがまずあるものです。そして、その人がその選択をしたことと、選択させるに至った周囲の状況に対する怒り。
「自分は何もできずに逝かせてしまった」という強い後悔は、遺された者をいつまでも苛むのです。

そういう遺された者が感じる強い怒りは、その人が二度と戻らないという認識が深まると共に、静かな諦めへと変貌していきますが、その過程で「当事者が問題を前に死を持って相対したこと」が、遺された者にとって「逃げ」だと感じられることがあります。そして、本人が「逃げ」ない限り、共に向き合えたのに…と悔しいんですね、いつまでも。


今回、校長先生の死が純粋に未履修問題だけを原因としているわけではなく、この問題が「きっかけ」となってしまったのだろうとは思いますが、ならば尚更、生徒のことを考えて欲しかった。

政府も救済策の検討に入りましたけど、今の生徒たちが何とか不足単位を補って卒業すれば、問題は終わるというわけではないでしょう。それは単なる「問題への現実的対応」に過ぎません。本当に大変なのはその後で、学校の最高責任者の自死は、その後の「問題の根本的な解決」からの逃げであると捉えられても仕方がないのではないでしょうか。

この件を受けて、高校は全校集会を開いたということですが…

■「うろたえることなく」校長自殺の佐竹高校で全校集会
YOMIURI ONLINE記事 http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20061031i203.htm
 世界史Aなどの必修逃れが判明した茨城県常陸太田市の県立佐竹高校で高久(たかく)裕一郎校長(58)が自殺したことを受け、同校は31日、緊急の全校集会を開き、根本滋教頭が生徒に経緯を報告し、全員で黙とうした。

 集会は午前8時50分から体育館で行われ、根本教頭は「校長の死が今回の事(必修逃れ)と結びつくのかどうかはわからないが、確実なのは校長が乗り越えられない苦悩を抱え、自ら死を選んだという事実だ」と述べ、「うろたえることなく、歩み続けてほしい」と生徒に語りかけた。

 ショックで涙を流したり、同級生に肩を抱かれたりする生徒もいた。

ここでも学校側は対応を誤っていると、私は思います。

学校側はまずは「この状況で最高責任者を欠いたこと」を生徒に謝るべきです。
また、「うろたえることなく、歩み続けてほしい」と語りかける前に、「生徒たちがうろたえず歩み続けることができるように、全力を尽くすこと」を教師全員が生徒の前で誓うべきです。

何よりも、「乗り越えられない苦悩」とは、人それぞれの主観によるものです。
では主観がそう判断すれば、「自ら死を選ぶ」という選択はあっていいものでしょうか。
否。
どんなことがあっても、「自ら死を選ぶ」ことは「逃避」であると私は思います。
本当の意味で「乗り越えられない」壁も苦悩もないのだと、私は自らの実感として思います。

全校集会で教頭先生が実際にどのように生徒に語りかけたのか、記事からは分かりませんが、ピックアップされている発言はあまりにも…いじめが原因だとする中・高生の自殺のニュースが多く取り沙汰されている昨今の状況も考えると…「自死」に対して鈍感な印象を受けました。

生徒たちが、このことで誤ったメッセージを受け取っていないことを祈ります。

※2006/11/01追記
遺書の内容が公開されたというニュースが。

■「生徒に瑕疵はない」…自殺の校長、遺書に記す
iza http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/natnews/education/25642/
 必修科目の履修漏れが発覚した茨城県立佐竹高校の校長高久裕一郎さん(58)が自殺したことを受け、同県の稲葉節生教育長は31日、記者会見し、遺書について「調査書、成績表で生徒に瑕疵(かし)はない。生徒に不利益にならない処置をお願いする」との内容だったことを明らかにした。
 未履修があった3年生に対しては「迷惑を掛けるが、学校から出される補習日程に従って補習を受けるようお願いする」と書かれていた。文末には「右、願い、一命を添えてお願いする」とあり、本人の名前が記されていたという。
 教育長は「未履修に関して校長が非常に強い思いを抱き、すべて自分の責任によるものととらえていたのではないか」との見方を示した。
 遺書は複数あるうち、遺族から了解を得た1通で、あて先はなく「お願い」とだけ表記されていたという。

生徒に瑕疵がないことなんて、皆承知している。
その上で、きちんと規定通りに履修している生徒との「公平さ」が損なわれないようにするにはどうしたらいいか、政府を始めとする関係者が苦慮しているというのに。

また責任問題については、とにかく今回の対応と平行して「どこに問題があったのか」を見極める為のものである筈で、誰かがその命をもって償うといった性質のものではないと思います。
前のエントリでも書きましたが、この問題は「公立高校に通っていては大学に現役合格できないのでは?」ということから出発しているんです。

今後、自死とまではいかなくても、具体的な問題点や解決策が提示される前に、職を辞するような責任者が出てくるかもしれません。
でも、誰かがその職を替わったところで根本的な問題は解決しないのではないかと。
どなたかの命をもって責を負ったから、どなたかが辞めて新しい人になったから、「何となくこの問題はこれで終わり」という有耶無耶なことにならないように、関係者の方々は職責を全うして頂きたいと思います。

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未履修発覚の校長の首つり自殺に思う
富山県高岡南高校の世界史未履修問題に端を発し、高校必修科目の履修漏れ問題が全国に波紋を広げていますが、そんな中、茨城県立佐竹高校の校長が首をつって自殺を図っていたことが明らかになりました。 このことについて思うことを少し。 ...続きを見る
Y's WebSite : Blog ...
2006/10/31 23:47
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子育てを考えるブログ
2007/03/07 01:10

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
どうしても、死というのは重い価値観を人に与えます。イジメ問題で自殺した生徒も、この校長先生も、やむにやまれず、死に至る道を選ぶ他なかった、私には理解できませんが、彼らの決断、起こった事態に対しては口をはさむべきでは、本来はないのでしょう。

しかし、どうしても納得いかないものが残ります。死をかけてまで、と言いますが、それで本当にいいのか....

何せ、何ともいえないニュースが続き、気分が優れませんね..

ただ、今はえらいマスコミはこのニュースを取り上げてますが(イジメ問題も)、1ヶ月もたてば、どこ吹く風で別の報道をするのでしょう。それも納得いきません。
ファイブ
2006/11/01 17:46
>ファイブさん
本当にこんなニュースが多く取り沙汰されていて、憂鬱な気分になりますね。
いじめにしろ、この未履修問題にしろ、「何も死ぬこたぁない」んです。
永久に解決しない問題も、永久に出口のない状況もありません。

特にこの未履修問題は、既に「補習はしよう」という方向性は決まっていて、今モメてるのは時間数と救済策をどうするかってことでしょう。国の対策を待つまでもなく、学校側でできることはあるはずです。きちんと履修させている学校の3年生は、今この瞬間も受験勉強と平行して規定の授業を受けているのですから。
そんな時に唯一責任を負って物事を判断できる立場の人がいなくなっては、生徒たちが取り残されるばかりです。

人の死は重いものですが、子供たちを教え導く立場のトップが決して選んではいけない選択肢だったと思います。本当に納得いかないですよね。

マスコミ報道については、事象の性質に関わらず「勧善懲悪的」な報道がやけに多いですね。
いじめについては、必ずしも「弱者がいじめられる」わけではないんですけどねぇ…。
ねこねこ
2006/11/02 08:12

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