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zoom RSS うーん、ナゼ逆輸入?(´ε`;)

<<   作成日時 : 2006/05/24 20:22   >>

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ねこねこは身近で直接関係のあるところに学齢期の子どもがいないので、
今の学校や家庭の状況がどうなのか、っていうことには疎いのですが。
やっぱり「ナニかがヘン」と思ったので、取り上げてみます。
皆さんは「ゼロ・トレランス」というのをご存知でしょうか。


■ぶれない指導 いけないことはいけない
Sankei Web 産経朝刊 主張 http://www.sankei.co.jp/news/editoria.htm
 文部科学省は生徒指導に関する報告書で、米国の指導方針である「ゼロトレランス」の導入を提唱した。学校の荒廃を防ぎ、秩序を取り戻すための有力な方策である。

 「ゼロトレランス」は「非寛容」の意味だが、教育現場では「寛容の名のもとに曖昧(あいまい)な指導をしない」、つまり「ぶれない指導」「毅然(きぜん)とした対応」という意味で使われる。ジュリアーニ・前ニューヨーク市長が治安回復のために実践した軽微な犯罪も見逃さずに取り締まるとする「破れ窓理論」を、学校の生徒指導に適用したものだ。

 学校が明確な行動規範を生徒と親に示し、それを破った生徒に「居残り」「親を呼び出す」「停学」などの罰則を段階的に科していく教育である。クリントン政権下で全米に浸透し、着実な成果を上げている。

 これを日本の学校に適用するためには、校長と教員が生徒指導方針について共通の認識を持っていなければならない。いじめや校内暴力に対し、甘い教師と厳しい教師がいたのでは、学校の秩序は保たれない。校則やそれを破った場合の罰則などは、入学後の早い時期に明示しておく必要がある。

 教育委員会との共通理解も大切だ。学校が校則を守らない生徒を自宅に帰したり、授業を受けない生徒に職場体験やボランティアをさせたりしたことなどが、行き過ぎだとして教育委員会にとがめられた事例がある。教育委員会が現場を熟知せず、杓子(しゃくし)定規に判断しているケースが多いようだ。

 さらに、最も重要なことは、「ゼロトレランス」の教育に対する保護者の協力である。最近は、学校が問題を抱えた児童生徒の親を呼び出しても、それに応じない親や、逆に学校にくってかかる親が少なくないといわれる。

 文科省の報告書は、「してはいけないことは、してはいけない」という毅然とした粘り強い指導、挨拶(あいさつ)、服装、時間の厳守、授業中の私語の禁止など「当たり前のことを当たり前に実施」させる指導を学校に求めている。

 本来、このようなことは、子供が入学する前に親がしつけておかなければならないことだ。時には、子供をはたいてでもしからなければならないことがある。親は子供の人生で最初の教師であることを忘れるべきではない。

 【参考】
  「Wikipedia−ゼロ・トレランス方式」

  「Wikipedia−割れ窓理論」


これ、日本では普通に学校や家庭で行われてたのでは。
なんだって一々アメリカから逆輸入しなきゃいけないんだ。

教育現場が荒れた原因は、アメリカと日本じゃ事情が違う。
そりゃ共通する原因もあるでしょうが、根本的に学校のあり方が違うし。

端的に言えば、
日本は「生徒に決まった教室がある。教室の清掃など手入れは自分たちで行う(教育の一環でもある)」「決まったカリキュラムに沿って勉強する(基礎学力重視)」
アメリカは「教師に決まった教室がある(故に職員室がない。生徒による掃除もない)」「小学生から単位制(高学年になるほど職業訓練的なカリキュラムが増えたり)でクラス担任というのがいない(担当カウンセラーが進路相談や生活指導をする)」(私立校は必ずしもそうじゃないみたいですが)
現場運営と秩序管理の出発点が違うんです。

まったく、データだけ見てなんでもかんでも持ってきおってからに(笑)


そもそも今の学校は、『挨拶(あいさつ)、服装、時間の厳守、授業中の私語の禁止など「当たり前のことを当たり前に実施」』することもできないんでしょうか?

また、記事文中で『本来、このようなことは、子供が入学する前に親がしつけておかなければならないことだ。』とありますが、そんなに基本的な教育ができないご家庭があるのでしょうか?

確かに色々な事情があり、学校に上がる前の基本教育がままならないご家庭もありましょう。
ですが、そこまで酷いかなぁ?確かに、「ダメなものはダメだからダメ」って言えない親も増えてるって聞きますけどねぇ・・・。(養育・教育を完全放棄した親はニュースになる位だから、まだそれほど一般的な話じゃないと思うんですけど。最近のニュース激増からするとヤバイくらい増えてはいるのでしょうが)

むしろ子どもが過保護状態の家庭よりも学校のほうに開放感を感じてるってことはない?
んじゃなきゃ、完全放置状態の家庭よりも学校のほうが私的関わりが大きくて、内と外の区別が付けられなくなってるとかさ。

そんでもって、家庭と学校の信頼関係がまず壊れているのではないの?


かつて、「管理教育」の問題が大きく取り上げられたことがありました。
児童・生徒の個性や能力を無視するような画一的教育、数字になって現れない児童・生徒の素行や努力態度を評価する内申書(調査書)の教師による恣意的運用、行き過ぎた体罰による児童・生徒の死傷事件、学校生活とは関係のない部分まで踏み込んだ校則などなど・・・。
(ねこねこはモロにそういう教育を受けた世代です^^; そう言えば、当時からワイセツ教師はいましたよ、小学校に。PTAの要望でいなくなりましたけど、当時は単に異動になっただけだったような・・・)

この頃からですかね、保護者の教師に対する目が非常に厳しくなり始めたのは。子どもの命に関わるようなことがあったから。
で、保護者側はこれまでのような「先生は絶対」という価値観を横にちょっとどかして、色々な要望を学校側に訴えるようになり、学校はこれまでにない動きに適応するのに時間がかかった。
学校と家庭の信頼関係に溝が生じ、大きく広がったのもこの頃ではないかなぁ。

そして、保護者にも色々な人がいることを弁えない学校管理者と行政組織によって、根本的な解決ができないまま制度だけが変わってきたのではないかと。


んで、肝心のゼロ・トレランス方式なんですけど。
その元になっている「割れ窓理論」は、日本人にとって非常に理解しやすいものです。
Wikipediaの資料から抜粋しますが、
軽微な犯罪も徹底的に取り締まることで凶悪犯罪を含めた犯罪を抑止できるとする環境犯罪学上の理論。アメリカで考案された。「建物の窓が壊れているのを放置すれば他の窓もまもなく全て壊されるだろう」との考え方からこの名がある。

“犯罪”という例からすると物々しい印象を受けますが、
ゴミのポイ捨てで考えると分かりやすいのではないでしょうか。

東京ディズニーリゾートに出かけたことがある方は、ゴミがめったに落ちてたり放置されたりしていないパーク内で、ゴミのポイ捨てが非常に「しずらいなぁ」と思ったことはありませんか?
また、ごく最近の例だと2002年サッカーW杯での報道記事が印象深いです。(2002/06/11YOMIURI ONLINE配信。リンク切れのためURL省略。引用元サイト『反日マスコミが伝えない親日の話』
※2006/05/26追記
諸葛川さんよりアーカイブURLご提供いただきました^^ ありがとうございます。
http://web.archive.org/web/20030413055143/http://www.yomiuri.co.jp/wcup2002/news/20020611_media.htm

辛口で定評のある英国メディアが、W杯での日本人の対応を手放しで褒めちぎっている。
「日本人の品行の良さには驚いた。こっちも影響され、野外パーティーが終わると自分から掃除していた。こんなことは初めて。
今まで、なんて自分勝手な国に住んでいたんだろう」。
9日付の英高級紙サンデー・テレグラフは、W杯観戦で来日した英国の若者のコメントを紹介、「日本体験が英国人に集団治療のような効果を発揮している」と報じた。

逆に、駅前の放置自転車の一台に、カゴ一杯ゴミが投げ入れられているのを見たことがある人もいると思います。


つまり、前者は「〜しずらいなぁ」という自発的心理状態に訴えることで、道徳に反することに対する抑止力が発生する、という効果ですね。後者の放置自転車の例は「〜だから自分もやっていいのかな」という環境や状況による行動の促進効果です。
W杯の記事は、環境や状況による行動促進効果が道徳的行為の方に作用した例です。

この「〜しずらいなぁ」という心理による抑止効果は、以前はもっと明確に“世間体”というもので言い表されていました。町内などのごく狭い地域社会単位で、ごく日常的に働いていた抑止効果です。「ご近所の目があって・・・」というヤツですね^^

地域のつながりが希薄になるにつれて失われつつあるのカモですが(互いに無関心なので行動の抑制につながらない。直接迷惑がかからなければいいだろう、みたいな)、現在も社会に出て働く方はちょっと気にしたりすることが多いのではないでしょうか。「会社の人に見られるとヤバイかも・・・」というヤツですね^^

この“世間体”という概念が、「割れ窓理論」の資料概要にある「治安悪化に至る経過」の第一要件『一見無害な秩序違反行為』を抑制していたことがよく分かります。
家庭レベルでは、子どもに言い聞かせていた「嘘つきは泥棒のはじまり」や「因果応報」に代表される倫理観・道徳観の教育に現れていますよね。
割れ窓理論は以下のように主張している。

治安が悪化するまでには次のような経過をたどる。


  1. 一見無害な秩序違反行為が野放しにされると、それが「誰も秩序維持に関心を払っていない」というサインとなり、犯罪を起こしやすい環境を作りだす。

  2. 軽犯罪が起きるようになる。

  3. 住民の「体感治安」が低下して、秩序維持に協力しなくなる。それがさらに環境を悪化させる。

  4. 凶悪犯罪を含めた犯罪が多発するようになる。


※但し、この理論に対して、

  • 前提となる「体感治安」について検証できない。論文では検証できるような数字は挙げられておらず、ただ漠然としたイメージの叙述があるだけである。

  • 統計を見る限り、秩序違反の状況と実際の犯罪増加のあいだには直接の因果関係は不明確と思われる。

という批判がある。
(Wikipedia資料より抜粋。)


ただ、世間体や地域社会単位の人間関係におけるネガティブな面として、排他的傾向や個人のプライバシーに必要以上に立ち入る、人間関係が煩雑で・・・、といった部分もあって都市部を中心に次第に敬遠されてきた傾向はあるでしょう。


んじゃ、いいとこ取りすればいいじゃん。
なぁんて、ねこねこのような素人は思うのですけどね。
そうはいかないかぁ・・・。
でも、小さい子どもが犠牲になるニュースが多い中、地域住民がみんなで気をつけようって子ども会やお母さんたち中心でパトロール組織が立ち上がったり、それに行政が協力したり・・・そういう良い部分が復活した地域もありますよね。


上のニュースみたいに、そこまでしないと学校運営や授業が成り立たなくなっている、っていうのもショッキングな話ですけど、この「ゼロ・トレランス方式」は非常に懲罰的な考え方なので、そのまま取り入れると逆に「罰せられなければ何やってもいい」とか「学校を出てしまえば(見つからなければ)何やってもいい」とかいう考えで起こる問題を加速することになってしまうのではないかと。

日本古来の道徳観を裏打ちする実証的理論・手法として持ち出すなら、それはそれで分からないでもないですが、これをそのまま日本の教育に持ち込むのはちょっと違和感アリです。


また記事文中で「教師の資質」についてさっぱり触れられていないのもどうかと。
昨今話題のワイセツ教師や、体罰と暴力の区別も付かない教師による事件(そもそも体罰の問題って体罰自体じゃなくて加減の分からん教師の問題も大きいと思う)、また特定思想教育に精を出す教師やら、子どもの権利尊重と野放しの区別がつかない教師などなど・・・その資質に問題のある教師は少なくないはずです。

そこを解決しない限り、家庭と学校の信頼・協力関係を再構築するのは難しいのではないでしょうか。

この方式を提唱するならば、罰する側の教職員の倫理・道徳教育の徹底と方針の統一は欠かせないでしょう。教育基本法の改正で、教員の人事考課、指導力不足教員に対する研修制度の促進くらいで四の五の言う向きもあるようですから、まずは教職員に対して導入してみたらどうでしょう。結構効果が見込めるのではないでしょうか(笑)

そもそもこういった理論に頼ったり、規則化しなければ「いけないことをいけない」と言えない教師がいるのでは、子どもはそりゃ言うことなんか聞きやしませんって。親もまた然り。

大人が変われば、子どもも自然に変わる・・・んじゃないかなぁ。

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2006/05/25 01:43
職場適応訓練費
職場適応訓練費は、実際の職場で作業について訓練を行うことにより、作業環境に適応することを容易にさせる目的で実施するものであり、訓練終了後は、その訓練を行った事業所に雇用してもらうことを期待して実施するものです。訓練を行った事業主には職場適応訓練費が支給され、訓練生には雇用保険の失業等給付が支給されます。 ...続きを見る
職場適応訓練費
2007/01/09 20:13

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コメント(12件)

内 容 ニックネーム/日時
お久でした〜
>逆輸入
何でも人任せ、他から知恵を借りようとする悪い癖ですね。日本にだって、古き良き時代を知るという観点から、学ぶ事や再び取り戻せる素晴らしい教育があるはずです。手っ取り早い教育やしつけなんてありません。当たり前の事を面倒がらずに繰り返す「大人の根気」が無くなっている事が問題かな?
おねば
2006/05/25 14:18
>おねばさん
こちらこそご無沙汰してました^^

そうなんですよ、国産の足によく馴染んだ靴をほっぽって、デザインが良いからってだけで窮屈なハイヒールを履いて足が痛いのを我慢して歩いてる、みたいな違和感なんですよねぇ。

確かに子どもと正面から対峙するのは、根気が必要なことも多いですけど、相応の時間も必要なんですよね。
“「大人の根気」が無くなっている”というよりも「大人が忙しすぎる」のかも知れません。
ねこねこ
2006/05/25 15:39
ご無沙汰でした。

↓読売新聞のアーカイブはこちらにありますよ
http://web.archive.org/web/20030413055143/http://www.yomiuri.co.jp/wcup2002/news/20020611_media.htm

↓アイルランドのサポーターから
http://www.soccercentral.ie/japan.asp

↓ニューズウィークの記事
http://web.archive.org/web/20020803101700/http://www.nwj.ne.jp/public/toppage/20020703articles/FV_nih.html

今、ワールドカップモードになってます。
(直接関係ない記事の紹介ごめんなさい)
morokuzu
URL
2006/05/26 00:29
>morokuzuさん
こちらこそご無沙汰してました^^

アーカイブありがとうございます!
2002年ワールドカップの話、すごくいいんですよねぇ。日本人の『祭りの楽しみ方』っていうのが海外の方にも好評だったみたいで^^
ねこねこ
2006/05/26 02:00
ウチにも小学校・中学校に通っているのが3人ほどいます。
幸いウチの子たちの学校は変な事にはないってはいませんが、知り合いの先生の話なんか聞いていると、けっこうヒドイですよ。
皆さんおっしゃってるのが、
「なんでこんな(基本的な)事を学校で教えなきゃいけないの?本来なら家庭で教える事でしょ?」
という事まで学校に求められるのだそうです。
それだけ家庭が機能しなくなったのかもしれません。だって、
「親の方をまず教育しなくちゃ!って思う親も居ますよ」
という事ですから。

子どもは国の宝。教育は国の未来。
教育によって、その国の未来は明るくも、暗くもなります。
お隣の某国を見れば分かります。
教育問題は、言いたい事が沢山ありすぎて・・・そのうち拙ブログでも取り上げます。
彦勘助
URL
2006/05/26 14:54
>彦さん
確かに色んな考えの親御さんがいます。でも、家で教えてないわけじゃないと思うんですよ。
『挨拶をする、時間を守る、きちんとした服装をする』っていうのも、あるいは子どもたちは親の目の届くところではちゃんとやってるのかも知れない。
けれど、子どもが成長するにつれて全部に目が届くわけじゃなくなるし、「何か様子が変だな」ということに昔ほど親が敏感じゃないってことも。

加えて「見つからなければいいんじゃね?」とか「周囲の誰も気にしてねーよ」とかいう部分で、目の届かないところにいる時は挨拶もしない、学校に行くまでの間に寄り道、家から離れたら服装を“外出仕様”に変える・・・そういうことって昔からありましたし(自分の反抗期もそういうとこあったw)

・・・続きます^^;
ねこねこ
2006/05/26 17:39
・・・続きです。

だから自分の子どもに「問題行動があるよ」と学校から言われたときに親は「ナニ言ってんのこの先生?」ってことに。
決定的な事件が起こったときに「普通の子でしたよ」ってのもよく聞きます。

でもって学校側でもきちんと秩序を管理できないとなれば、そりゃおかしくもなります。
家庭と学校が信頼を持ってつながらなければ解決しないと思うんですよ。
ついでに言えば、これを「子どもを監視するつもりかー!!」とか言い出す親は問題外です(笑)

>子どもは国の宝。教育は国の未来。

心から同意します。
色んな視点からできることは全て取り組んでいくことが必要になるでしょう。
子どもは囲い込んで頭を撫ぜるだけじゃダメ。だけど、厳しくするなら懲罰だけが突出してもダメだと思います。そこに伝えることが出来る愛情がないと。
ねこねこ
2006/05/26 17:45
ねこねこ様、はじめまして。
コメントありがとうございました。
お返事が遅くなり申し訳ありません。

ねこねこ様の記事内容を気持ちよく読ませていただきましたし、いただいたコメントにも全面的に賛同致します。自由と平等を美辞麗句とした似非個人主義の蔓延により、自由勝手な価値観を親が持ち始めた結果、今日のような事態になってしまったのだと思っています。こうした歪んだ価値観を変えていくには相当の時間がかかるでしょうし、果たしてそうした教育を施す教育者がいるのかどうかも疑わしいと思います。そうなると、現代に生きる私たちが子供の将来に向けて、今、何が出来るのか、何をすべきかという点を考えていかねばならないと思います。

これからも貴重で勉強になるご意見をよろしくお願い致します。
塾講師
URL
2006/05/27 11:06
>塾講師さん
こんにちは。いらっしゃいませ^^

教育の問題って、難しいですよね。広範で捉えどころのない「社会の価値観」が色濃く影響する上に、その結果が数年後更に社会へ影響を及ぼすことになりますから。

今は保護者も教師も、また社会全体も「自信喪失」といった状況ではないでしょうか。「一体何故こうなったのか、一体どうしたらいいのか分からない」と右往左往しているように見えます。

家庭と教育機関、社会はそれぞれが違った役割を持って等しく子どもの教育に関わっていること、それぞれの立場における関わりの限界点をお互いによく理解すること・・・そんなことから始めないといけないかも知れませんね。

またそちらにもちょくちょくお邪魔させて頂きますね。こちらこそよろしくお願いします^^
ねこねこ
2006/05/27 14:37
・・・( ̄~ ̄;)・・・(; ̄▽ ̄)・・・( ̄▽ ̄;)・・・ダメだ・・・。
言いたい事、書きたい事が山ほどありすぎてまとまらない(^▽^;)
まだまだ未熟・・・_| ̄|〇ガックシ

スミマセン、そのうち拙ブログで記事としてアップします。乞うご期待(してもらっていいのかな??)
彦勘助
URL
2006/05/29 17:50
>彦さん
この問題はねぇ・・・^^;
でも、親御さんの視点からのご意見も是非読みたいので、首を長〜〜くしてお待ちしております^^
ねこねこ
2006/05/29 23:36
何時になることやら・・・( ̄~ ̄;)
ま、そのうちに・・・。
彦勘助
URL
2006/05/30 13:23

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