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zoom RSS 育てる文化、地域の文化・・・ベッドタウン育ちだからこそ思うこと(-"-)Part.2

<<   作成日時 : 2006/02/02 23:48   >>

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一応前回の続きを書こうと思いつつ、どーやって繋げたもんか悩みまくりです^^;
書けば書くほど、“育てる文化”や“地域の文化”から
乖離していくことを先にお詫びしておきます(;^ω^)

■前記事■
【育てる文化、地域の文化・・・ベッドタウン育ちだからこそ思うこと(-"-)Part.1】


前回、私が育ったのが東京近郊の新興ベッドタウンだったということ、何となく「根無し草」な気分を感じる経験をしていること、それによって民俗文化に興味を持ったということを書きました。

最近では自分自身が積極的に根を下ろすことを考えているのと、育った街が変わってきた実感があるので、だいぶ“根付いた感”があるんですけどね(笑)。
結婚して、生活に主婦としての責任を感じるようになったからかも知れません。


ただ、その「根無し草」の感覚を味わったことで、世代を超えて受け継がれていくことの大切さというのを本能的に感じました。
これまでは漠然とした想いだったので、主に伝統文化や地域の歴史を受け継いでいくことの大切さや尊さということに意識が偏っていたかもしれません。

それが今回、この記事を書くにあたり、自分の生まれ育った街と自分の感じ方を振返ってみてふと気づいたことが。


私の育った街は、何しろ新しい街。ほぼ町内全部が住み始めて1代目の新興住宅地でした。
土地の名士・名家と言われるまとめ役もいない。
時代は父親世代のサラリーマンが今からすれば殺人的な残業をこなし、朝早く家を出て夜中に帰宅する・・・母親が子供の教育全部を引き受けて、後に“親離れ・子離れできない”ことの一要因として指摘された頃。
核家族化とも言われましたね、そう言えば。お祖父ちゃん、お祖母ちゃんとは同居していない家がほとんどでした。

両親の世代が街を育てた、と言ってもいいでしょう。

しかし、私たち子の世代では、ほとんどが独立してバブル崩壊後地価が下がった都心部へ生活の拠点を構える。少し前は子供なんて滅多に見かけなくなっていました。


ところが、数年前から結婚して子供が生まれた同級生たちが、続々と地元に戻っています。
同級生で獣医さんになった友達が、やっぱり獣医の旦那様を見つけてわざわざ地元で開業したりもしてます。

そして、気づいたこと、っていうのが・・・

私が生まれ育った街は、戦後世代の街なんだってこと。


私たちの子供世代でようやく3代目。
街に定住した人達それぞれの家庭で育まれた文化が持ち寄られて融合し、街全体の特色になっていくのはこれからなんだなぁ、ってこと。

ほら、江戸っ子も3代続いて初めて本物、って言うでしょう。
その土地に根ざすためには、やはり3世代の時間が必要なんじゃないかなと実感した訳で。
しかもその3世代は、自分の家族だけの3世代ではなく、自分の属するコミュニティ全体の3世代なんですよね。

世代を継いで育っていくことの、なんと時間のかかることか。
私が育った街も、両親がそこに家を建て根を張ってから30年。
人の一生の1/3以上の時間を費やして、ようやくスタートラインに立った。
そこに歴史があること、そこに伝統があること、それはなんと貴重なことだろう。


一つ忘れてはいけないのは、私たちがこの新しい街で受け継いでいく文化は、全て各家庭が色々な地域から持ち寄った文化が入り混じったものだということです。
それは、日本に古くから存在する文化であり、環境が様々に変わっても変わらない精神性だったり。
生活に密着した部分では、私たち主婦が受け継ぎ活用している“おばあちゃんの知恵”もその一つ。

そういう先人の残した知恵なくして、新しい文化を構築すれば、それは全く異質なものになるんではないでしょうか。
古いものと新しいものを両方大切にすることによってのみ、そこから日本の風土に合ったより良いものが生まれるんじゃないでしょうか。


日本全体で考えれば、戦後の日本はまだ若いんですよね。
私たちの子供で、ようやく3世代目。
民主主義の社会というのも、初めて経験してからようやく4世代目。
ようやく根付いたところなんだなぁと。
育っていくのはこれからなんだなぁと。

育つことっていうのは、新しいことだけでは実現できない。
新しいことだけを追い求めて行くのは、“変容”でしかない。
古いことも取り込んで、それを発展させていくことが育つということなんじゃないかしら。

世代を重ねてきた古いもののうち、良いものを良いものとして受け継いでいく。
それを 家庭<地域社会<地方<国 という風に反映していけたら・・・。
そして、民主主義の社会というのは、それができる社会なんじゃないかと。
家庭から古きよきものを反映することによって、今日本の社会が抱えている色々な問題の結構大きな部分が解決できるんじゃないかとまで思えたり^^;

新しい街で育ったからこそ、分かる古いもののよさ。
都市部では特に忘れ去られてしまったものも多いと思います。
しかも、それを教えてくれる年長者が周囲にいなくなっている、もしくは交流が絶えている。

古きよきものを確認するってことは、自分の根を確認することにもなるのかも。
だからと言って、時代の流れに逆行するのではなくて。
日本に歴史と文化と伝統があることを、尊いと思う気持ちを忘れてはいけないと思う。
それこそが、自分たち日本人の根っこなのだから。


※書いてるうちに、自分でもワケ 川・∀・川 ワカメになってしまい・・・(;^ω^)
 一応、歴史と文化と伝統というのは、受継がれてきたこと自体が価値のある尊いものであると
 一人の“地域的根無し草育ち”の目から見て思った、ということを伝えたいのです。
 視点としては、“日本ヲタクの外国人”よりやや近い、といった視点だと思います^^;

 さっ、次のニュースネタ探しにいこーっと。。。((( 〜c⌒っ゚Д゚)っ

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内 容 ニックネーム/日時
>民族文化・世代を超えて受け継がれていくことの大切さ

これらの事が、私の生まれ育った地域では当たり前に行われていました。ただ、それに反発したくなる気持ちもありましたが。
私の実家は旧家で、しかも歴史のある寺に出仕する『○○坊』と呼ばれる十数軒のうちの一軒です。それぞれの坊の家屋が独立した一軒の寺であり、敷地は『境内』でした。従って、小さい頃から、
「お前かお兄ちゃんのどっちかが跡を継がないと、このウチから出て行かなくてはならないんだ」
と半ば脅されて?育ちました。が、私も兄も継ぎたくはありませんでした。(将来もこんな山の中に住むのは嫌だ)というのが正直な所です。が、兄が東京の大学へ行って戻り、跡を継いで住職に、私も仙台の大学へ行って戻り、と、今は二人ともこちらに住んでいます。兄曰く『東京は遊ぶのは良い所だ。でも人の住むところではない。ましてや子どもを育てる所ではない』と言っていました。東京の人が見たら怒るかもしれませんが、でも私も分かるような気がします。仙台でさえそう思いましたから。やはり我々は生まれながらの『田舎者』なのでしょう。
彦勘助
2006/02/03 09:42
いえ、すごく伝わるエントリーですよ。GJ!(ちょっと書いてみたかった:笑)
私の思いを言わせていただくと、アイデンテティ(あれ、これでいいのか?:汗)をどうもっているのかということなのかと。そのときにやはり故郷とか地に足をつける場所とかいう言葉になるのかなーっと。そのときやはり自分が生まれ育った場所って大事なんですけど、そこから自分の歴史ははじまっていくわけで、当然ニュータウンであろうが古えからの街であろうと関係ないさっと。大学時代、4年間すごしたボロアパートもそういう意味では自分の故郷だなんて思うんです。
って何の話やーっ!?まとまりません,,すいません。。でも、こういう話、ファイブ的にはすごく好きなので続きが読みターイ!!
ファイブ
2006/02/03 09:49
(つづき)かといって『田舎が一番!』かというと、そうでもない事は前回コメントした通りです。
古い地域に住んでいると、否応無しに付き合わされる面が多々あります。先週の日曜日は、地区主催の『団子刺し』と『お柴灯(おさいとう)』という伝統行事へ参加しました。何時から続いているのかさえも分からない行事です。そして今日は『節分』。今住んでいる嫁の家は我々の代で三代目で、別に『節分にはこうしなくてはならない』と言う事は無い、ということでしたので、私が実家でジイちゃん・父がやっていた事を、出来る範囲でやっています。けっこう恥ずかしいですよ、『鬼は外〜福は内ィ〜、天撃ち地撃ち、四方撃ち!鬼の目ん玉 ぶっつぶせェ〜』と大声で怒鳴るんですから(笑)。でもこれなどは恐らく、それこそ数百年続いている事でしょう。子どもたちも楽しんで?やっていますが、さて彼らが大人になったらどうするのか?過疎化の問題は深刻です。ねこねこさんの所では、若者が戻ってくるパターンが目立ってきたとか。それもこれも働く所があるからでしょう。田舎ではそうは行きません。田舎の過疎化の問題は、深刻です・・・って、この辺で止めますね(笑)。
彦勘助
2006/02/03 09:57
うわー、横レスみたいで彦さん、すいません。全然そんな気ありませんので、たまたま重なったみたいですね。どうかお気を悪くされませんよう。ねこねこさんにも荒しのようで申し訳ないです。やはり自分で立ち上げねば..
ファイブ
2006/02/03 13:39
>彦さん
お寺のご住職さまでしたか^^
しかも由緒正しいお寺さんなのですね。
それじゃぁ、行事や役員でお忙しいのも納得。

古い伝統や習慣を大切に受け継いでいらっしゃるのですね。そういう土地に若い人たちが戻るにはどうしたらいいんでしょうねぇ・・・。
今地方自治体でも色々な対策をしているのでしょうが、どうも何か的外れな感じがして・・・って、他所モンが分かったような口利いてますね(苦笑)
でも受け継いでいくことの大切さやその困難さに気付いてしまった以上、ひとごとには思えません。
ねこねこ
2006/02/03 13:57
>ファイブさん
ありがとうございます^^
何となくでも分かっていただけて嬉しいです。

そうそう、アイデンティティの問題ですよね。個人としてのアイデンティティを社会の中での存在意義に繋げにくい、そこから発生する社会問題てのも結構あるんじゃないかなぁ・・・と思ってます。

今や個人としてのアイデンティティも保てない、というか確立できない人が多いことも“根づき感”の希薄さと相互に関係があるのかも?
ねこねこ
2006/02/03 14:04
>ファイブさんへ
 いやあ、別にかまいません。気にしていませんよ。

>ねこねこさんへ
いや、お寺といっても檀家の一軒もない『寺』でして(汗)。それに今住んでいるのは、隣村?の嫁の家でして。実家は兄貴が継いでいるんですよ。
『宿坊』って聞いた事あります?あれに近いかもしれません。
地方自治体で?あんまりやってないですよ。彼らは『行き当たりバッタリ』みたいな所がありますから。
今、農家で中心になって働いているのは、60歳代から70歳代のご老人です。私と同世代・もしくはもっと若い人は数えるほどしかいません。という事は、あと10年もしたらこの国の農業はどうなっているのか?恐らく、米を始めとして各地の農産物の生産量は激減するでしょう。この件に関して、国。・地方自治体は真剣に取り組んでいるのか?その対策はしているのか?また、国民はこの現状を分かっているのか?甚だ疑問です。
彦勘助
2006/02/04 10:51
>彦さん
『宿坊』でぐぐったら、“全国宿坊ガイド”とか“お寺に泊まろう!”とかが出てきて・・・う〜ん、真言系が多いみたいでした^^;

本当に日本の農業は心配なんですけど、以前に調べたニート対策の農村研修とか、リクルートがやってるみたいなので自治体がリクルートと提携してやればいいのになぁと。
一見食べ物があふれているように見えますけど、牛も鶏も野菜も心配な状況ですし。国産ものが高価なのは流通量が少ないからっていうのもあるでしょうし。
国民の大部分・・・都市近郊に住んでいる人たちは知らないか実感ないでしょうねぇ。「外国から買えばいいじゃん」くらいに思ってる人いそうですしorz
ねこねこ
2006/02/05 12:07

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