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zoom RSS こんなコラムを発見ヤジ(゚д゚)ウマ-【part.5】

<<   作成日時 : 2005/11/26 22:33   >>

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あらー。筆者の松田氏、お困りですねぇ。楽しみにしていたのに。
結局、“ブログとは何か”という定義が困難・・・てことかなぁ。
期待してたのになー。。。
とは言え、コラムを読んできてまとめを書こうと思った私も、実は困った(汗)。
すごーく長くなるので、面倒な方はどうぞ飛ばしちゃってくださいませ^^;


ブログで自滅する人々(第1回)〜ブログで「祭られる」人々(松田勇治氏)
ブログで自滅する人々(第2回)〜「祭り」はこうして進行する(松田勇治氏)
ブログで自滅する人々(第3回)〜彼らはなぜ「祭られた」のか?(松田勇治氏)
ブログで自滅する人々(第4回)〜「祭って」いるのは誰なのか(松田勇治氏)
ブログで自滅する人々(第5回)〜ネットの書き込みは「発言」なのか?(松田勇治氏)
ブログで自滅する人々(第6回)〜ブログで自滅しない(?)方法(松田勇治氏)


諸々の事情で追跡していなかった間に、第6回でひとまず終了となったようですね。
最初に挙げた事例で「犯罪行為」の摘発にまで至ったものを引いていたので、ネットにおける発言の責任とその社会行動学的抑圧についても言及されるものだと期待していたのですが(いや、そうは言っても、私自身はそんな難しいこと書けませんから、人のことは言えないんですけどもね^^;)

残念ですね。『インターネットの危ない話』という表題であれば、いっそ「発言に内包される犯罪行為の予兆」といった面での論文を期待していましたので。

とは言え、私がこのコラムに注目したのは、私が関わった「不完全燃焼の祭り」を分析する手がかりになるかもと思ったから。

何故、他者が書いたものに手がかりを求めるのか。
それは、私自身が“現在普及しているブログというもの”をどのように捉えていいのか実のところ分からないからだ。

コラムの第5回の表題が【ネットの書き込みは「発言」なのか?】となっているが、匿名掲示板における書き込みと、ブログにおける記事記載が果たして同じ“発言”であるかどうか。
極端なことを言ってしまえば、掲示板への書き込みだと「誰が書き込んだのか」という情報は基本的に運営者にしか分からない。
しかし、ブログの記事はその管理者(システムによっては管理者グループ)によるアップロード以外は考えられないという点で、記事執筆者=ブログ運営者という一種の身元保証が為される。
であれば、“ネットの書き込み”にもその性質(どこにどんな立場で書き込むか)によって負担する責任の重さが変わってくるのではなかろうか。

私は使用するHNと付随するURLリンクが、ある程度一種の身元証明のようなものになると思っている。特に時事問題について自分の意見や感想を書く場合、手枷足枷になることは承知の上でブログの外でも同じHNを通している。

何故か。

インターネットにおける匿名性というのは、一定のルールによって守られているに過ぎないから。
日常周囲の人と接する際は自分の置かれている立場を自然に考えて話をするが、ネット上で書き込みする場合一見匿名であることでそのタガが外れやすい面があるよなぁ、と思うのだ。

そして度を越した発言をしてしまった結果、無差別に不特定多数の人たちへ不快感を与えたり傷つけたりすることがあり、極端な場合はコラムにあるように祭られ、匿名性の建前は剥ぎ取られかねない。
無意識に・・・常識的な範囲内で言葉を選ぶことで、最終的には自分を守ろうとしているのだろう。これはリアルにおいても同じではないだろうか。

かの巨大掲示板、“2ちゃんねる”においてさえも、その匿名性は決して保障されたものではなく、一定の道徳基準や厳然と存在する不文律を超えてしまえば排除されるものだから。


では、その不文律とはどんなものか。

・・・コラムの執筆者はおそらく総括してそれを書きたかったのだろうけれど。
それは・・・ムリじゃないかなぁ。範囲が広すぎるような気が・・・。

例えば2ちゃんねるを例に取れば、スレッドごとにその基準は変わるもので。
その板に集う人たちによって、何となく変わるものだとしか言い表せない。

とあるスレッドでは許容される表現が、他のスレッドでは“絶対に許せない”なんてことは普通にある。そして『板違い』なことを書き込む者には
空気嫁 とか 半年ROMれ とか
容赦ないレスが返される。
「まぁまぁ、そんなこと言わずに」
なんていう仲裁など、正当な理由がない限り入る余地がないのだ。
何故なら、明らかに正当な理由がなければ、仲裁に入った人まで「空気嫁」と言われてしまうから。その不文律はその位厳しい。

そしてそのスレッドの秩序や雰囲気は守られる。


スレッドを一つの“人のグループ”としてみた場合、そういうグループごとに醸成される雰囲気って、リアルでもあるし。

例えば、女子高生の一団に勇気ある一人の中年男性または私と同じ世代の女性が話しかける。
いっとき話が盛り上がることに成功したとしよう。
しかし、彼女らのプライベートコミュニティにとって、私は明らかに異質な存在であり、外界との接点ではあるが決して同化することはできない。

ところが、私は現在ダンスのレッスンを受けている。
舞台に立つとなれば、20歳も年齢差のある女の子達とも一緒に躍ることになる。
彼女達がそれを望む・望まないは別として、そこに同じ目的を持った一つの集団ができる。
そこで不文律となるのは、いかに振付を表現できるか、もっと極端に言えばいかに躍れるか否かだ。躍りこなせるようになるまで何を言おうと「まず練習して」と言われてしまいかねない空気がある(発表会レベルであれば、みんなで躍れるようになるまでお互いの協力は惜しみません、念のため^^;)。逆に躍れる人は年齢関係なく“目上の先輩”である。
年齢的な属性は消滅し、そこに一つの明確な基準が、明確な目的を持って自然に立ち上がる。私はその基準を満たす限り、そこに同化できる(これは経験から得た実感です)。


かように環境と目的によって、同じ人が関わってもその基準は変わるもので。
これは社会的な価値観とでもいうべきものではないだろうか。

このコラムで引いた事例は、いずれも“犯罪に通じる反社会的行為”だったからこそ祭られた訳であって、『祭り』はその現象だけを見れば社会的自浄作用だったと言える。


では、今回私が関わった事例は、一体何だったのか。

意見の多様性は、民主主義社会において容認されるべきものではある。
社会が偏向しないためにも、少数意見は尊重されるべきであり、時に少数意見が重要な視点を提供することもある。だからこそ多様な意見とその論拠に基いた議論は重要だと思う。
しかし、そこにはルールが存在する。
それは『互いに意見の相違を尊重する』という姿勢であり、『発言に責任を持つ』という基本的なルールではないだろうか。

そこで、「ネットの書き込みは“発言”なのか」に戻る訳だが(長いなー^^;)、一定のHNとURLリンクをもっての書き込みは“責任を伴う発言”であると私は思う。

であればこそ、議論が平行線を辿っても、その過程で気付くこともあり少数意見が多数の支持を得られるようになるのではないか。

では発言の責任は、発言を削除することで責任を取ったことにできるものなのか、という問題がある。“全てを削除する”ことで、“全てをなかったことにする”ことは、果たして可能なのか。

私は、それは違うと思う。これは、あくまでも個人的な考えではありますが。
管理者が関わっている議論において発言を削除し、なかったことにするのは、書き捨て以外の何物でもないのではないか。

ここまで書いておきながら、残念なことにその答えは見出せていない。
何故なら、私自身が“全てを削除することによる責任回避”を行ったことがないから(荒らしコメントと看做したものを削除したことはありますよ)。

あるいは今後、そうせざるを得ない状況に陥るかも知れなくて、ブログ開設からそれ程時間を経ていない為にたまたま経験がないだけなのかも知れない。

そして、そんな状況に陥る可能性って・・・ブログ運営者全員が負っているリスクなのかも。

けれど、今のところ私なりの責任の負い方として、記事内容の改変があった場合、基本的には正式に抹消線で元の記述を消した上で訂正に関する記述を追加するという方法を取っている。
そうすることで、当事者でない閲覧者にも何が起こって記事を訂正するに至ったのか、経緯が分かるからだ。
そしてその記事の是非は閲覧者が下せばいいことであって。



何だか大上段に振りかぶって長々と書いてしまったけれど、
どうにも結論が出ない今回の記事ですね^^;

結局ネットであろうとリアルであろうと、同じ事を生身の当人と対面して言うのかと。
相手に対して何か言うなら、リアルの人間関係を基準にしなさいと。
顔が見えないだけに、表現には注意しつつ相手の言葉をよく吟味しなさいと。

そういうことなんではないかなぁと、個人的には思うわけで。

ブログでの発言がどのような社会的影響を持つのかは、
いつか公的な統計が為されるのを待つしかないのだけれど、

私が思ったことを正直に書く、
それを色んな人に見てもらう、
間違いは正してもらう、
共感してもらう、
日常の接点がない場所に住んでいる人とでも時間を共有できる、
年齢や生活環境が違う人と意見を交換する、

・・・そんな価値ある交流がこれからも続いていくことを願って、書いてみました。

一応、今回のコラムを取り上げたオトシマエってことにして頂きたく(大汗)。
最後までお読みくださった皆様に感謝。
これからもよろしくお願いしますm( _ _ )m

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